Muscadine Chronicles
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ぼくは「ロウレンティアしんでん」に、行くことになってしまった。
ぼくの集落に「けんぞく」さんと「しんかん」さんが、何人かきて、ぼくをつれて行くことになった。
ナトギさまが、ぼくのことを「ネママイア」さまの「うつわこうほ」に、えらばれたのだって。
集落中の人は、みんなよろこんでぼくのために、おいわいをした。お父さんも、おじいちゃんも、よろこんだけど、お母さんだけは、へんなかおをしていた。
しゅっぱつの前の夜、お母さんはぼくをだきしめて、ずっとないていた。
ぼくが、どうしてないているの、ときいても、お母さんはおしえてくれなかった。
そのまま、一晩中、お母さんはなきつづけたんだ。
つぎの日、ぼくは、集落中のみんなに、みおくられてしゅっぱつした。
なんだかぼくはうれしくて、わくわくした。
三日ぐらいあるいて、「マスカダイン」という山をのぼりつづけて、ぼくはようやく「ロウレンティアしんでん」に、たどりついた。
むらさき色をした、大きなたてもののまえに、ずらりとおおぜいの人がならんで、ぼくのことをむかえてくれた。
そんな大きなたてものを見たのは、ぼくはうまれてはじめてで、びっくりしてしまった。
そのなかで白いふくを着た、せの高い、かみのまっ黒な男の人が、ぼくの年をだれかにきいていた。
――六歳の子供をつれてきたのか。
その男の人は、怖いこえでいって、ぼくのかおを見て、まっ黒な目でにらみつけた。
その人は、すごくかっこいい人だったけど、すごく怖かった。
ぼくは、なにか悪いことをしたのかしらん。
ぼくは、そんなに怖いかおをしてにらまれたのは、はじめてで、ないてしまった。
ないてしまったぼくを、けんぞくやしんかんの女の人がだっこして、しんでんの中につれて行ってくれた。
――あなたが怖がることは、なにもありません。すべて、しんれい「ネママイア」さまのおみちびき。みをゆだねるだけです。
しがみつくぼくを、女の人たちはやさしくなでて、なぐさめてくれた。
――あなたはこれからしばらく、このへやにいるのです。ぎしきとじゅんびがおわるまで。なんでも好きなものをもってきてあげます。なんでも欲しいものをいいなさい。
ぼくは、おうちにかえりたいです、といった。
あんなに怖い男の人がいるところには、いたくないです。お母さんにあいたい。
女の人たちは、こまったかおをして、いっしょうけんめいに、ぼくをなぐさめてくれた。
しばらくしたら、甘いおかしや大きなぶどう、おいしそうなお肉やパンが、つぎつぎにでてきた。
ぼくはいつのまにかなきやんで、目の前のごちそうを、むちゅうでたべてしまった。
おなかがくちくなったぼくは、そのままふかふかのおふとんに横になって、すぐにねむってしまった。
だって、おうちをはなれたのは、これがはじめてで、ずっと歩きっぱなしだったし、とってもつかれちゃったんだ。
* * * * *
夜になって、ぼくはゆさぶられておこされた。
目をあけると、前にランプをもった女の子がいた。
ぼくよりも、すこし年上のお姉さんみたいだった。
むらさきの長いかみの毛をしていて、ほうせきみたいな金色の目をした、とてもきれいな女の子で、ぼくはどきどきした。
おまけにその女の子は、まるで大人の女の人みたいにみょうなかんじで、とってもいいにおいがして、ぼくはくらくらしてしまったんだ。
――いっしょにあそびましょう。
女の子は、ぼくの手をにぎって、にっこりわらった。
なんてやわらかい手だろう。
ぼくはもっとどきどきして、ぽーっとなってしまった。
――外へ行きましょう。
夜にあそぶなんて、はじめてだ。おこられないのかな。
ぼくたちは、夜のしんでんをぬけだして、森のなかに、はいって行った。
まっくらな森では、おおかみのこえや、ふくろうのなくこえがして、きみわるかったけど、女の子はぜんぜん、怖くないみたいだった。
だからぼくは、ほんとうは怖かったけど、女の子にまけたくなくて、がまんして、森のおくまでついていった。
――なにをしてあそぶの。
ぼくがきくと、女の子は立ちどまって、ぼくをじっと見た。
そして、いきなり、じぶんの着ているふくをひっぱって、びりびりひきちぎったんだ。
――きゃあああああああああああああああああああ!!
女の子は、耳がやぶけるかと思うくらい、すごく大きなこえでさけんだ。ぼくはあまりのこえの大きさに、びっくりしてしまった。
女の子はさけびつづけた。
どうしたんだろう、とわけがわからなくて、ぼくがぼうっと、たちつくしていたら、しんでんのほうから、大人の人たちが、いっぱいでてきた。
そして、ぼくたち二人をとりかこんで、さわぎだした。
――なんていまわしい子なの! このわたしに、ミダラなことをしようとしたわ!
女の子は、ぼくをゆびさしてさけんだ。
ぼくはまた、びっくりしてしまった。
ミダラ、ということばのいみは、わからなかったけど、女の子のふくをやぶったのはぼく、ということにしようとしているのは、わかったから。
――子供のくせに、なんて子! しんじられない!
まわりの大人の人たちは、みんなびっくりしたかおをして、ぼくを見つめた。
ぼくは、なにがなんだかわからなくて、ことばがでてこなかった。
大人の人たちのなかには、昼間、ぼくに怖いかおをした男の人もいた。
でも、その人だけは、ほかの人とちがって、へんなかおをしていた。
なんていうか、わらいたいのをいっしょうけんめいがまんしてるような、へんなかおをしていた。
目があったぼくに、その男の人は、また怖いかおをした。
その人の、まっ黒な目で見つめられたぼくは、なにもいえなくなってしまった。
ぼくのせいじゃない、といいたかったのに。
だって、女の子のふくをやぶって、なにがおもしろいんだろう。そんなわけのわからないこと、ぼくがするわけがないじゃないか。
そういいたかったのに。のどまで、でかかっていたのに、ぼくはどうしても、こえがでなかったんだ。
ぼくはしんかんの女の人に、手をひかれて、またしんでんのへやにもどされた。
大人しくねなさい、といわれたけど、ぜんぜんねむれなかった。
だってくやしくて、かなしくて。
どうしてあの女の子はこんなひどいことをぼくにしたんだろう、って思ったら。
ぼくは、なみだがでてきて、朝までないてしまった。
* * * * *
つぎの日、しんかんやけんぞくの女の人が、ごはんやおかし、のみものをもって、へやにきてくれたけど、みんな、昨日とはちがっていた。
あんなに、みんなやさしかったのに、むっとしたかおだったり、なんだかむりやりわらったみたいなえがおで、ぼくを見た。
そのようすに、ぼくはとってもかなしくなってしまった。
あのきれいで、いじわるな女の子のせいだ。みんながぼくのことを、わるい子だと思っているんだ。
どうしてあの子は、あんなことをしたんだろう。ぼくのことが、きらいなのかな。でも、昨日、はじめてあったばかりなのに。
その日は一日中、へやですごして、夜がきて、ぼくはまたおふとんに横になると、すぐにねてしまった。
昨日の夜はねむれなかったから、すごくねむかったんだ。
* * * * *
ゆめのなかで、ぼくはこえをきいた。
男の人が二人、はなしていた。
そのうちの一人のこえは、なんだかふしぎなこえだった。
あたまの中で、きこえるようなかんじだったんだ。
――『おい、ヨシュア。お前、血がにがてなのによくこんなことかんがえつくナ』
――なら、お前が代わってくれりゃいいものを。ヒンケツをおこしそうだったんだぞ。
ごそごそ、と物音もしていて、ぼくはすごく気になったけど、それ以上にすごくねむくて、どうしても目があけられなかったんだ。
――それにしても、さくばんのミラルディさまにはわらった。よくやる。
――『……しんかんたちのなかでは、ミラルディさまをうたがっている男が、何人かいたようだけどナ』
――きにするな、アラン。そいつらは「かこの男」で、ミラルディさまの男は、いまはお前だけだ…………………………たぶん。
――『たぶん、かヨ!』
――まあ、いいものをみせてもらったな。かえって、ああいうかっこうのほうが、真っ裸より、ソソルだろ、お前も。
――『あぁ、まぁナ』
ふたり? ひとり?
ぼくのそばにいるのは、一人だけのような感じなのに、こえが二人分するのは、どうしてなんだろう。
――……よし。こんなものか。
――『明日の食事は、ごうせいだナ。肉ざんまいかヨ』
――肉か……きついな。さいきん、いもたれするようになって……つぎの日までひっぱる。
――『なさけないこというなヨ。お前、まだ、ミソジにもなってないんだからヨ』
お肉?
わあ、うれしい。
ぼくのいえはそんなによゆうがないから、お肉がしょくたくにでるのは、めったになかった。明日、ここでお肉がいっぱいたべられるんだ。――
ぼくは、朝のひかりに、ねむりからさめた。森から、小鳥のなくこえもきこえる。
あれ、なんだろ、このにおい。
ぼくはひどく、なまぐさいにおいに、かおをしかめた。
たしかに知っている、このにおい。
肉屋さんで、かいだことがあるような……。
うっすらと目をあけると、まっかな色が目についた。
ぼくのかおの近くには、血のついた丸いものが、なんこもなんこも、おいてあったんだ。
ひめいをあげて、とびおきると。
ぼくは、大きな血まみれのナイフを、いつのまにか、手ににぎっているのに気がついた。
ぼたり。
ぼくのおでこから、なにかがすべりおちた。
それは、目だまだった。
ぼくたちにんげんとはちがう、瞳が横になっている、ヤギやヒツジの目だま。
それが、ぬらぬらとぼくをじっと見つめて――――。
ぼくは、気をうしなってしまった。
* * * * *
――供物の部屋に忍びこんで、献上された家畜を全部殺したのだと。
――そのうえ、殺した全ての家畜の目玉をくり抜いたそうだ。その目玉を飾るように自分の周りにおいて、眠っていたのだとよ。
――なんと恐ろしい。どうしてそんな不吉な子供を連れてきたのか。
――アマランスの辺境の集落から連れてきたのだというが、邪神を信仰する民の子じゃないのか。
――ナトギの判断が間違ったのにちがいない。とにかく、こんな子供はここには置いておけない。
――帰せ。その気味の悪い子供を早く帰せ。
――早く、この神殿から出すのだ。
* * * * *
ぼくは、おうちにかえされることになってしまった。
むらさき色のれんがのしんでんから、ぼくはおいだされた。
来たときとちがって、だれもぼくを、みおくろうとはしてくれなかった。
一人の、アマランスしゅっしんの、しんかんさんが、ぼくをおうちまで、おくってくれることになった。
――おまえは、「アマランスのつらよごし」だ。こんなことは、はじめてだ。「うつわこうほ」としてきたのに、しんでんからおいだされることになるとはな。
そのしんかんさんは、ぼくに、いやそうなかおをしていった。
ぼくはかなしくなってしまった。
さいごにロウレンティアしんでんを見ようと、ぼくがふりかえったら、長い長いかいだんのうえに、あのいじわるな二人がならんで立って、ぼくの方を見ていた。
白いふくをきたせの高い、まっ黒なかみの男の人と、むらさき色の長いかみをした金色の目の女の子。
その二人は、ぼくを見おろして、ほほえんでいるように見えた。
この二人は、ぼくのことが、そんなにきらいだったんだ。だから、そんなにうれしそうなんだ。
そう思うと、すごくすごくかなしくなって、ぼくは、なみだがにじんだ。
おうちにかえることになってよかった。
あんないじわるな人たちのいるところにいたくないもの。
ロウレンティアしんでんなんか、だいきらいだ。
もう二度と、こんなところに来たくない。――
それからずいぶんとあるいて、ぼくはぼくのすんでいた集落にかえった。
集落の人たちはみんな、ざんねんそうなかおをして、ぼくをむかえた。
ぼくは、はずかしくて、うつむいてあるいた。
やっぱり、しんかんさんがいったとおり、ぼくは「つらよごし」なんだろうか。
そのとき、集落のおくから、ぼくのお母さんがはしってきた。
お母さんは、ころがりそうになりながらはしって、はしって。
くしゃくしゃのかおをして、お母さんは、ぼくにだきついた。
――ああ、オルニオ!
そのとたん、ぼくは、集落の人のざんねんそうな目も、ロウレンティアしんでんのいやな思い出も。
すべてが、どうでもよくなったんだ。
――お母さん!
なきながら、ぼくはお母さんにだきついた。
ああ、もういやだ。
お母さんとはなれるのはぜったい、いやだ。ぜったいにもう、はなれるもんか。
――「かみ」のごいしだわ、オルニオ……ああ、かみよ、かんしゃいたします!
お母さんはなきながらそういって、ぼくのからだをさすりつづけた。――
* * * * *
これは、私の物語である。
六十年前、子供だったころの私の物語だ。
あれから私は病の一つも罹ることなく、無事に成長を終え、同じ集落の同じ歳の娘と所帯を持った。子供を五人授かり、その子供たちもそれぞれが家庭を持ち、今では孫が二十人、曾孫が五人いる。
孫や曽孫たちに囲まれた生活を送りながら、ふと、私はあのときのことを思い出すのだ。
想像もつかないが、私は今とは全く違う人生を送っていた可能性があったのだろうと。
あのとき、ロウレンティア神殿から集落へと帰ってきた私に母が言った言葉。
母の言葉の「神」とは何だったのか。
もし、その「神」というものが存在するならば、彼等こそ「神の使い」ではなかったのか――と、私は時々考えるのである。
私が今まで出会った中で、一番美しい女性である菫色の髪の金目の少女と。(妻も含めて、私はあの少女以上の美しい女性を見たことがない)
恐ろしいほどの魅力を持った漆黒の髪の青年神官。
実はこの二人とは、私は過去に一度だけ再会を果たしたのであるが、その話はまた別の機会に語る事とする。
今はただ、あのとき六歳の子供であった私が、あの二人に出会った幸運と奇跡に感謝するばかりである。
ぼくのかみさま
青瓢箪/作